念願の日御碕神社を経て

僕の後押しの神社として昨年11月に名前の上がっていた

それが日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)
念願叶って伺えることになった
まずは稲佐浜へ
海に足をつけて、海水で口をすすぐ
弁天島の弁天様にご挨拶

続いて弁天島の岩肌を触りながら、岩と大地にご挨拶

 

ここまで来たら出雲大社というところだけど

 

今回は、ここに到着した時間がメインの日御碕神社のみの時間になっていて

 

出雲大社は、次回にしっかりと参拝することに。

 

 

 

海岸沿いを走る事20分ほどで、日御碕神社へ。

 

朱塗りの存在感のある門

 

由緒書きによると 

徳川 三代将軍 家光公の命により、幕府直轄工事として江戸より工匠を特派しているとのこと

 

ここでも僕らと徳川家との関わりを感じる

 

『日の出る所 伊勢大神宮を鎮め祀り日の本の昼を守り、出雲国日御碕清江の浜に

    日沉宮を建て日御碕大神宮と称して日の本の夜を護らん』

 

つまり、日本の昼を護る伊勢神宮に対して、日本の夜を護るのが日御碕神社であると。

 

日沉宮(ひしづみのみや)である下の宮は天照大御神の和魂を祀っている。

 

地元西条の伊曾乃神社は、天照大御神の荒魂である。

 

そして、下の宮から見上げるような形で、上の宮である「神の宮」が建っていた。

 

上の宮の御祭神は、神素盞嗚尊(かむすさのおのみこと)

 

スサノオさんとのご縁を特に感じる僕にとっては

素盞嗚尊を祀る上の宮に参拝は、やっとここまで
来れたという感慨だった。
参拝時に感じた体感は、全身に心地よいバイブレーション。
自分の内面世界で、新しい領域が開いた感覚。

参拝を終えて、ふと境内への階段横の木製台の下に

目をやると、イモリだかヤモリだか
僕にとっては、これもちゃんと繋がれたという
OKサイン

その後、日沉宮(ひしづみのみや)が、神代以来千年前まであった経島(ふじま)へ

 

経島は、文島、日置島とも言われていて、ウミネコの住処になっていた。

 

この経島は、8月7日の神幸祭(みゆきさい)である夕日の祭の日に神主さんのみが

上陸できる島

 

実は、この島の海底には、玉砂利での参道を含む海底遺跡があると。

 

この港近くのダイビングショップの方が動画を出してくれていた。

 

その道程をイメージしながら、遠目に参拝。